珈琲をゴクゴク呑むように

アツアツだよ(´・ω・`)

「丸長」主人

僕は自分の行きつけの店を紹介したりするのはあまり好きではない。そういうことをするのはなんとなく<偉そう>じゃないかという気もするし、それから下手に紹介しちゃって店が混んでも困る。だけどこの「丸長」に関しては店主高齢化に伴い近々閉店する事が想定されるため、多くの人にその味を知ってもらうためにしぶしぶ書くことにする。

 

「丸長」は東京の荻窪にあって、僕はよくここに昼ごはんを食べに行く。最近の流行とは逆行するようなスタイルの店であるのであまりグルメ雑誌とかに紹介されていないのだけど、いつも人が並んでいる。まさに知る人ぞ知る名店である。

 

「丸長」には二種類の麺類しかない。ひとつはつけ麺であり、もうひとつはラーメンである。これとは別にシナチクや餃子があるのだけど、これが滅法うまい。シナチクは一般の店ででてくるようなものとは違い、豚のラードか何かで漬けてある不思議な製法なのだけど、これをビールのつまみにして麺類を待つのは至福のひと時である。

 

そして忘れてはならないのが餃子だ。自家製のラー油を醤油にたっぷりと落として熱々の餃子をハフハフとほおると口の中にえも言われぬ旨みが駆け抜けていく。そのへんによくあるラーメン屋の餃子とはちょっとものが違う。というかこんな旨い餃子はどこにもない。どういう味かと聞かれても返答に困るのだけど、極めてオリジナリティにあふれた味わいだとしかいいようがない。

 

ラーメンについても色々述べたいのだけど、書き始めるときりがないので、ここでは話題をつけ麺に限定する。「丸長」のつけ麺のうまさを文章で表現するのは至難の業である。つけダレはチャーシュー、シナチク、胡椒、酢、醤油、ザラメといった調味料をスープ皿に入れ、その上からグツグツと大鍋で煮られたスープを加えられて作られる。

 

海原雄山なら一目見て「女将を呼べぃ」と叫びそうなこの料理の基本を全て無視したスープなのだが、これが見事にピタッと調和がとれた味に落ち着くのだ。これはもう芸術品と言っても過言ではないだろう。

 

それをつけ麺のためだけに生まれたと言ってもさしつかえのないこの店オリジナルのクニッとした麺に浸して口にはこぶと、極めて複雑などこにもない唯一無二の味が口に広がる。「なんだこれ!?人類にこんな深い味が作り出せるのか?」僕は何度も何度もこの店のつけだれを食べているのだけど、未だにここの寸胴に入ったスープの材料がわからない。

 

無我夢中でその芸術作品を堪能し終わった後には次なる楽しみが待ち構えてる。麺が載せられていた皿につけだれが入ったお椀を載せて、カウンター裏にいる亭主のところへ持って行く。すると無言でスッと寸胴からスープを取り出し、つけ汁のスープ割りを作ってくれる。その黄金色をしたスープを一心不乱に飲み干すのだ。

 

最後の一滴が近づくとこの幸福な旅もおしまいに近づく。もう一杯スープをよそって欲しい欲望が心のそこからグラグラと浮かんでくるのだけど、それをグッと抑えて「ごちそうさまでした」と心のなかで店主に感謝をつげる。

 

「丸長」の主人は謎の人である。年は70ぐらいで、がっちりとした体つきをしており、愛想は全く無く無口、ただもくもくと料理を作り続けているというなかなか好ましい性分である。僕はこの店に通って10年を超えるけど、亭主が喋っているところを一度も見たことがない。まあ僕としても食べものさえうまければ店主のキャラクターなんて別にどうでもいい。

 

「丸長」の主人はいつも1人で料理を作っている。弟子の姿を一度も見たことがない。彼の働き方は見た目がとても良い。ただ黙々と淡々と作業をしていて、あわただしさが全く無い。

 

いわゆる綺麗な夜景のみえるレストランのようなところを好むような人種には全くウケないタイプの店だけど、僕は心底ここの料理が好きだ。こんな旨いつけ麺が700円で食べられる店なんて東京、いや世界中を探しまわったってどこにもない。

 

一言もラーメンについて言及しないのもシャクなのでやっぱり少し書いちゃうけど、ここのラーメンもまたちょっとよそでは食べられないようなうまいものなのである。つけ麺と同じ寸胴からとられたスープで作られたはずのそれは、つけ麺とは全く違った味をしており底のみえない深い深い味がするのだ。

 

僕はいつもここでオーダーを尋ねられる時に世界で最も決断の難しい二択を迫られる男の気持ちになる。ここまで選択の難しい問いもそうないだろう。つけ麺、ラーメン。佐々木希と橋本環奈の2人から求愛されて、どちらかを選ばなくてはいけないかのような究極の難問を提示されたかのような気分になる。

 

僕はパリの三つ星フレンチやイタリア本場の白トリュフといった美食の果ての果てまで旅を重ねたけど、ここを超える味にはついぞ辿りつけなかった。僕にとって美食の原点であり頂点でもあるのがここのつけ麺とラーメンなのだ。

 

そんなわけで僕は「丸長」と「丸長」主人のことがすごく気に入っている。いつまでもいつまでも、その芸術ともいえる作品を作り続けて欲しいなぁと思う。

 

(気がついた人もいると思うのだけど、この文章は村上春樹の「うさぎ亭」主人のオマージュだ。ただ1点違うのは、うさぎ亭は存在が確認されていないのに比べて、丸長は荻窪駅に実在しているという事だけだ。)

 

~参考文献~

「うさぎ亭」主人 村上春樹 村上朝日堂はいほー!に収録

 

 

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