珈琲をゴクゴク呑むように

アツアツだよ(´・ω・`)

有名人がある日突然変になってしまう原因を考えてみた

「あの人、前は面白かったけど最近ちょっとおかしくなってきたよね」

 

こういわれる人は結構多い。大手メディアに出ている人もそうだし、インターネットでも昔は面白かった人が、徐々につまらなくなってしまうような事象は事欠かない。

 

最近この現象がなぜ生じるのかについての考えがまとまってきたので、以下にまとめて書いてみる事にする。

 

ネットで有名になるのに必要なのはわかりやすさと断言力

インターネットは過激で断罪的な発言が好まれる傾向にある。なぜだろう?

 

世の中には様々な不満が満ち溢れている。

 

会社に行きたくない、満員電車に揺られたくない、給与が低い、気の合う友達がいない。

 

これ以外にも例をあげるとキリがない。こういう不満を持った人は、考えがやや過激になる傾向がある。

 

こういう環境下において、自分の不満をわかりやすく断言的な発言で発信するタイプの人間は非常に好まれる。

 

多くの人は、不満があっても自分の言葉でそれを上手い形で表すのが苦手だ。それを上手い形でわかりやすい言葉に変換する人の元には、多くの支持者が集まる。

 

インターネット、ならびにSNSはこの流れを加速するのに極めて理にかなったツールだ。Facebookなら”いいね”や”シェア”が、Twitterなら”フォロワー”や”RT”といった形でそれが数という形を持って拡散される。

 

大きな数はそれだけで人を引きつける。こうしていつしか力強い発言を行う人間は、インターネット上でアルファと呼ばれる存在となり、一大勢力を築く事となる。

 

この段階までは、アルファの発言はだいたいにおいて「あの人、結構面白いね」という段階でとどまっている事が多い。問題はアルファがこの次のフェーズに移ったあたりから生じ始める。

 

アルファにとっては注目されない≒死である

このあたりから、だんだんとアルファの周りでお金の匂いがし始めるようになる。

 

書籍化やサロン経営、様々なアドバイスによりこういったものを徐々に取り入れたアルファは、だんだんと本来の良さである「自分の素の発言」が消えていき、徐々に観客が喜びそうな発言を好んで行うようになっていく。

 

観客の多くは、アルファに良心をそこまでは求めない。どっちかというと、巨悪を糾弾するかのような痛快感を求める傾向がある。こうなるとアルファの周りにあつまる人たちは徐々に信者の数が増えていき、だんだんと宗教っぽい匂いが漂うようになる。

 

ここまでくると、大体の人はもう駄目だ。信者からのお布施というポジティブな反応を拒絶できるような強い心の人はそうはいない。そして定職をやめてしまうと、もっと駄目になる。だんだんと本来の良さであった「素の発言」から「信者の喜ぶ発言」を行うような存在となってしまい、結果として非常につまらない存在へと成り下がってしまう。

 

これは本当に痛感しているのだけど、人はお金の力で容易に駄目になる。「あ、おれこの活動で食べていけるかも」と思ってしまってからが特に危ない。

 

こうしてかつて輝いていたアルファは、イロモノと化し、普通の人からすれば「宗教っぽいなにか」か「かつては輝いていた」人になってしまう。

 

僕は最近、いつまでも変わらずに第一線で活躍しつづけられる人を本当に尊敬するようになった。前はそれが普通だと思っていたのだけど、自分が好きだった人たちがどんどん教祖のような存在になってしまうという現実を直視するにつれ、本当にそう思うようになった。カネの力は本当に恐ろしい。カネは人から魂を容易に抜き取り、つまらない何かにすることが非常にうまい。

 

自分自身がそういう存在にならないことを、祈るばかりである。みなさんも、もしそういう存在への階段をのぼるようになってしまったとしたら、この記事を思い出して欲しい。

 

人は駄目になるのは一瞬である。一度駄目になってしまったら、元に戻るのは非常に難しい。

 

よい人生を歩み続けることの難しさよ・・・