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珈琲をゴクゴク呑むように

アツアツだよ(´・ω・`)

僕のブログの作り方

日々徒然

自分の記事の書き方が特別なのかどうなのかはよくわからないけど、参考になればなという気持ちで自分のブログの作り方について記述してみようと思う。

 

直近の「恋愛工学徒やらヤリチンやら子育てコスパ論者の何が気持ち悪いのか」についての僕なりの結論をモデルにすると、この記事はたまたま昔買って積んどくしておいた家入さんの我が逃走(無茶苦茶面白いからオススメ)を読んで、家入さんの「居場所を作り出す」という生き方に強い共感を覚えた事が発端だった。

 

本でも音楽でも芸術でもなんでもいいのだけど、本当にいいものは「何か」を心の中に残す。その何かの賞味期限は非常に短く、ほおっておくといつの間にかどこかへと飛び立ってしまい、そして二度と同じものは得られない。そういう事を何度も繰り返しているうちに、どうにかしてそれを形に残せないだろうかというのが僕のブログを書くきっかけだったと記憶している。

 

僕はいつもいつもその「何か」をできるだけ形をそこなわないように紙面に降ろそうとしているのだけど、面白いことに心のなかにある「何か」は綺麗に残そうとすればするほど、僕の思うようには絶対に紙面に現れてくれない。

 

例えば今回は、そもそもの構想段階では「死ぬほど働いたほうがいい100の理由」みたいな記事の予定だった。居場所を持つためには社会的自立が必要で、そのための最短手段が労働だみたいな事を書こうと思っていた。けどいざ筆をとってみると、これがまあ全然関係ない方向に文字がすすむのだ。

 

この想定外の方向に筆が転がっていく状態はブログを書いていて最も楽しい時であり、はっきりって何処に行くのかは書いている本人ですらよくわからない。あの記事の「大人になることは生産者になることである」なんていう意見は書いていた当初は全くと言っていいほど想定していなかった。そんなもんである。

 

あくまでこれは仮説でしか無いのだけど、ああいった現象は頭の中にある思考をいったん別の場所に置く事で脳の中に余白が生まれ、その余白と目の前に書かれた文字とが化学反応を起こして思考がもう一段階先へとすすむ事により生じるものなのだと思う。より簡便に言えば、思考のダブルデスクトップ化みたいなものだろうか。

 

人間は一度に複数の事は考えられない。いまある思考を文字として目の前に落としこむ事で、そのことについての思考をやめることができる。そしてそこに新しく思い浮かんできた考えをぶつけて、もう一歩先へと思考を進ませていく。他の人がどういう風にブログを書いているかは知らないけど、僕のブログ執筆術の一番の肝はここである。こういう作業はとてもとても面白い。僕にとってブログを書くという事は、これの繰り返しである。

 

これはいつでも上手く行くわけではなく、むしろかなりの確率で自分の中でまとまりがつかなくなって未熟児のような状態で記事が生まれてしまう。だけど本当に時々なんだけど妙にうまく作業が運んでいく事があり、そういう時は大体面白いものが書ける。そういう時は、最高に気分がいい。ああ上手く産んであげられたな、と実感する。これはブログを書いていて楽しい、もう1つの瞬間である。

 

僕にかぎらず、たいていの日本人は文字ならなんとか書ける。絵も書けない音楽も作れない凡人の、最後に残された自己表現の場所がブログなのである。誰だって初めはどうしようもない記事しか書けないけど、ある程度慣れてくればびっくりするぐらい面白い記事が時々偶発的に生まれ落ちる瞬間に立ち会う事ができる。その名文を一番初めに読めるのは、他でもないあなたなのである。この面白さを知らないまま死ぬのは、ちょっともったいない。なので何か新しい趣味が欲しいなぁと思っているあなた。ブログを書くってのは、悪くない選択肢ですよ、と言っておこう。

 

さてさて手の内を晒しだしたわけですが、参考になっただろうか。これを読んだあなた。あなたのブログの作り方も是非教えてほしい。お便り楽しみにまっています。

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