読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

珈琲をゴクゴク呑むように

アツアツだよ(´・ω・`)

「恋愛工学徒やらヤリチンやら子育てコスパ論者の何が気持ち悪いのか」についての僕なりの結論

日々徒然

前回のエントリーで僕は「人がよりよく生きていくには四つの居場所(家族・友人・仕事・趣味)と、そこからえられる社会的承認欲求が必要」だという事を述べた。

 

「居場所を作り出す供給サイドを大人、国や人から居場所を提供してもらうだけもらって自分では何も作り出さず恩恵を受けるだけ受けて文句をいう人を子供」だと定義した。

 

そして結論として、「僕たちは生まれたときは誰だって国や人から与えられる側である子供だけど、ある程度の恩恵を受けたら今度は居場所を作り出すサイドである大人になろう」という論旨を提示した。この観点を用いればいろんなことが読み解ける。

 

恋愛工学徒だろうがナンパ師だろうがマウンティング系婚活女子だろうがなんでもいいんだけど、こういった人達が何である種の人々に言いようのない不快感を与えるのかというと、ようは彼・彼女らがいい歳こいて需要サイドに居続ける事を宣言しているからである。

 

ヤリチンはセックスはしたいけど、家族だとか恋人のような居場所の形成を相手に与える事を拒絶する人であるから気持ち悪いのであり、マウンティング系婚活女子も自分は相手に何も与えず、相手の持っているものに寄生して自分だけが恩恵を受けようとしている魂胆が見えてしまっている。だから気持ち悪いのだ。

 

彼・彼女の本質を一言で言い表せば、いつまでたっても与えるサイドに立たない永遠の乳飲み子なのである。

 

少し前に「女の子は男の子といつセックスするべきか」みたいな話題があがったけど、セックスで得られる効用をきちんと考察すればこれだってそんなに難しいことではない。

 

これは多くの人が理解していないのだけど、男性サイドと女性サイドだとセックスの効用がそもそも異なる。

 

男性からみたセックスの効用は性的快感に加えて「自分の男性としての魅力の逆説的裏付け行為」である。

 

これに対して女性の場合、セックスは性的快感に加えて「恋人や妻として相手に認識してもらい、それを裏付ける契約」だという側面がある。

 

ある種の男がとにかく数をこなしていきたいのは、セックスという行為を通じて得られる自分の男性的魅力の裏付けが欲しいという事と同義であり、それは相手に居場所を当たるという行為である恋人だとか妻をもつという行動とは非常に折り合いが悪い。

 

結果、ヤリチンはセックスを通じて相手に居場所を与えるという事については目を背ける(この感覚がないから多くの男は愛と性欲の区別が理解できないのだろう。また子供ができてヤリチン病が収まる人が時々いるのは、子供という鎹を通して自分の居場所を認識できるからだと思う)

 

これに対して女性が特定の男性とのセックスにこだわるのは、それがセックスという行為を通じて自分の女性性の再認識ならびに居場所の保証という効用を感じるからだろう。

 

よく結婚して夫婦になってセックスレスになった後、しばらくしてから嫁を抱いたら凄くうれしそうになって家庭が明るくなったみたいなエントリーが2chとかにあがるけど、この事を理解していればそんなに難しい事でもない。

 

セックスレスは、それだけで相手に対しての女性性や恋人・妻である事への疑問へとつながるのだ。世の男性諸君はしっかりと心にとどめておいて欲しい。駄目、悪いセックス。絶対。

 

長くなったがいつセックスするか議論は、相手を通して自分に居場所(家庭、恋人など)を求めるのなら、「きちんと関係性を結んでくれる事が望めると判断したら」だし、あくまでを快楽だけを求めるなら、別にいつやってもいい。

 

何でもそうだけど、何を自分が求めているかが大切であり、そこの事を認識しないといつまでたっても何も得られない。

 

子育てコスパ理論だって同様だろう。子育てコスパ理論も、もともとは「子供は産めば勝手に育つ」という意見に対しての警告だったのだと思うのだけど、いつの間にかそれが「子供を育てるとこんなに時間と金がかかる」→「その時間と金でやれることがたくさんある」→「だから子育てはコスパが悪い」みたいな論理展開が生じた結果生まれた理論だと思う。

 

けどそもそも子育てにかかる時間と金は、子育てコスパ理論支持者の持ち出す「やれる事」という需要サイドの事象とは異なる概念なのである。

 

子育てはお金と時間を通して社会の居場所のパイを増やす大人の行為であり、お金を使って得られる快楽なんかとは次元の異なるものである。

 

とにかくなんでもいい。いい歳こいたアラサーたちよ。いつまでたっても自分ばっかりみるのをやめて、消費者サイドから生産者サイドにうつろう。現場からは以上です。