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珈琲をゴクゴク呑むように

アツアツだよ(´・ω・`)

日本という国は誰のものなのかをISIS(イスラム国)と対比させて考える

日本は誰のものか?と現代人に聞くと多分「日本人のものです」という答えが返ってくる事が多いのではないかと思う。しかしその発想は実は限りなく最近になってうまれたものだという事を知らない人が多い。

 

もともと税を搾取されるだけの農民には主権という概念がなかった。日本だって貴族、武士、農民という構造が成立していた時の権力者は貴族だ。あくまで武士は傭兵隊みたいなものだし、農民は立ち上がって彼らを脅かすような存在ではない。

 

その後、権力は貴族から武士へと移るけど、庶民へと連なるのはもっともっと後のことだ。日本は誰のものかとこの時代の人に聞けば、国民のものなんてとても答えなかっただろう。

 

諸外国でもだいたい同じようなもので、農民を兵士にするという発想がうまれたのが文字でみられるのは君主論マキャベリの時代ぐらいからだ。

 

当時、マキャベリのいたフィレンツェ共和国という弱小組織では初めは兵力を外部の傭兵部隊に委託していたのだけど、結局金で動く連中は命をかけて行動しないので自国内の農民を教育して自警団を組織したという時代背景がある。

 

この自警団だが金よりもフィレンツェへの忠誠心で働いたので、非常に強力な存在となった。こんなの現代の徴兵制を考えると大した事がないように思えるが、この当時の常識感からすると支配される側である農民に武力を与えるという発想は結構斬新なものだったのだ。

 

もともと武力を下層民である農耕民族へ持たせることは、国内統治という観点に立てば物凄くリスクの高い選択肢だ。

 

刀狩りの例を持ち出すまでもなく日本において武士という傭兵団体が国を統治していた頃は、農耕民族は搾取される為だけの存在だ。生かさず殺さず程度に働いてくれればそれで十分。

 

ただそれが諸外国への対抗という話になってくると話は全く変わってくる。フィレンツェ共和国の存在していた時代は元々イタリアが内部分裂していた時期だし、そのすぐ上にはフランスという強大な国家があった。

 

傭兵団といった限りある武力資源を強力国家が占有しているのなら、どこかからそれを創りださなくてはいけない。マキャベリ君主論は今みても実は物凄くイノベーティブだ。

 

さて我が国に話をもどそう。日本の統治権が武士から庶民へと移ったのは言うまでもなく黒船襲来がターニングポイントだ。その後紆余曲折はへるものの天皇はあくまで象徴としての国の代表となり、実権は政治家を中心に国民へと移っていくこととなる。

 

当時、突然グローバル化せざるを得なかった日本の諸外国との国力差に悩まされているという実感は、天皇を中心として国家国民が団結するという日本人の共通理念の形成へと上手く働き日本国内での日本国民の団結力を高め、結果として農民レベルに武力を与えつつも権力が転覆されないという奇跡のようなバランスの徴兵制度が成立するようになる。

 

これはたぶん色々な人が思っているよりも本当に凄いことで、その成果は日清戦争日露戦争で諸外国を驚かせるほどに発揮される事になる。極東の島国が大国を次々と打ち倒せるまでにもなったのだ。

 

こんな例は実は日本に限ったものでもなく第一次世界大戦で無茶苦茶に負けたドイツは極限まで追い詰められたものの、ファシズムを駆使してアーリア民族という理念を元に国民が一致団結した。その後のドイツの躍進劇はいうまでもない。

 

アメリカだってそうだ。United states of Americaという50にも及ぶ州が統一されているという恐るべきあの国は、現代に至るまで世界最強の国家たり得ている。オバマ大統領は勝利宣言にてしれっと「若い人とお年寄り、金持ちと貧しい人、民主党員と共和党員、黒人、白人、ヒスパニック、アジアン、ネイティブアメリカン、ゲイとストレート、障害者と非障害者。みんなアメリカ人なんだよっ☆」なんて言ってのけている.

 

他にもその影響はEU(Europian union)にも見られるし、恐らく中国が躍起になってチベットやモンゴルを支配したがっているのも日本の大成功例やアメリカという巨大国家への対抗策としての手段だろう。

 

人が一つの理念のもとに繋がると非常に強力な力を発揮できる。実は日本は日本国民のものであるという発想が自然にできている今現在の日本の常識は、凄い力の元になっているのだ。

 

さてISISだけども、そもそも何であんな過激な集団が存在しえるのだろう。実は統治のとれていない北斗の拳のヒャッハーな世界では、ホッブスのいうところの万人の万人に対する闘争状態に陥ってしまう。

 

当然弱い人はヒャッハー側にボコボコされちゃうわけなのだが、そういう状況になると必ず生まれるのが弱いものを守る武力集団なのだ。彼らは昔でいうところの日本国内の武士、現代でいうところのイかしたヤクザとかマフィアみたいなものなので、当然というか守られる側の民衆からの指示はとても強い。

 

当たり前だけど、そもそも生存権が脅かされるような状態にいる個人は、わけのわからない形だけの党首なんかより、そういった格好いいあんちゃんに付き従う。それに元はといえばこんな無茶苦茶な状態にしたのは誰がどうみたって欧米諸国の連中なんだから、どっちを土着民が支持するかなんていうまでもない。

 

簡単にISISをテロ組織だとかいって二元論な善悪の世界へと落としこむのはもの凄い馬鹿げた事で、それはあくまでこちら側の世界からみたからそうなのであり、逆側であるイラク・シリアからみればある日突然家族を全員殺されて悲惨な孤児院へ送られたどこかの可哀想な少年少女みたいな状況なのだ。

 

ISISも組織名(Islamic State in Iraq and al-Sham)から考えれば自明だけど、おそらく統治している側は、上手くイスラム(ここでいうイスラムは必ずしもイスラム教とは限らない)という強大な理念の元にイラクとシリアの民族の一致団結が図れれば強大な力につながると確信している。だからあの大嫌いなはずのアメリカの名前(United states of America)を冠してるのだろう。

 

仮にイラクとシリアの国民が世界観を共有して一つにまとまったら、恐らくナチス・ドイツとか皇国日本と同じような大躍進を遂げる可能性を否定出来ない。

 

今現在は統治が取られておらず内部でも様々な亀裂が生じている状態であるけども、今後は日本が黒船後に巨大国家になりえたように彼の国が巨大な力を持つという世界線に移る可能性もあるかもしれない。

 

このように国民が国家は自分のものだと思える国民国家思想はもの凄く巨大なエネルギーがあるのだ。最近の日本は段々と国よりも個人が大切であり、国に縛られるのは馬鹿らしいといった思考にシフトしつつあるけども、ここまで見てきた流れから言っても個人的にはそういう国体を弱める発想は非常に危険だと思う。

 

天皇を通じて高天原という日本固有の神の国を元に全ての国民が繋がっているという日本本来の神話思想を取り戻して、イスラム思想やアメリカ哲学へと対抗できる国力を保持することが大切だ。

 

ユダヤ人を例にあげるまでもなく、国のない民族は悲惨だ。日本がそういう道を辿らないことを心の底から願っている。

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参考文献(あくまで読みやすいもののみあげます。僕はこれらの本の原典も少しは読んでいるのですが、それは普通の人には大変かと思うので余力がある人のみ挑戦してみてください)

池上彰の講義の時間 高校生からわかるイスラム世界

池上彰の講義の時間 高校生からわかる「資本論」

国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫)

世界を変えた10冊の本

歴史とはなにか (文春新書)

世界史の誕生 ――モンゴルの発展と伝統 (ちくま文庫)

遊牧民から見た世界史 増補版 (日経ビジネス人文庫)

日本国家の神髄 (扶桑社新書)

ちょっと本気な千夜千冊虎の巻―読書術免許皆伝

日本人とアイデンティティ―心理療法家の着想 (講談社プラスアルファ文庫)

太平記(一) (岩波文庫)

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