珈琲をゴクゴク呑むように

アツアツだよ(´・ω・`)

日本のイタリアンはフレンチ・イタリアンは本物じゃない・・・という発言について

日本のフレンチやイタリアンは偽物。本当を食べたことがない人は可哀想。よくこんな言説を垂れている方がいらっしゃいます。さてこの言葉は本当でしょうか?

意味するところとしては恐らく2つあり

①日本にあるのはサイゼリヤなどの格安のフレンチやイタリアンだけで、本物の重厚な高級でクラシックな調理のものではないという意味での発言

②いわゆる郷土食あふれる地元に根づいた本物のフレンチやイタリアンは日本になく、日本風にアレンジされた店しかないという意味での発言。

恐らくこの両方の要素を含んだ上での発言でしょう。ただ日本では本場の味が経験できないというのはどう考えても言い過ぎで、それは自分の日本における食歴の浅さを示しているだけです。

僕は上記を確かめるために、欧州へ出かけ現地の地元の方がいく軽食堂から地元の予約が取れないレストラン、超高額店と色々なジャンルの名店に行きました。まず断言できることの一つとして、味それだけを取って言うとTop中のTopは別なのかもしれませんが、基本的には日本のレストランの方が安くて美味しいです。例えばフランスの三つ星は一人あたり五万円ぐらいしますが、日本なら同レベルの食材・調理で三万円ぐらいですみます(ランチならさらに格安です)中級クラスでいうと更にコストパフォーマンスは日本では際立ちます。フレンチ、イタリアンの美味しいコース料理が5000円程度で食べれてしまう国は恐らく日本をおいて他にはないでしょう(本場なら二品程度で5000円は取られますし、それに加えて席代・水代が1000円程度かかります)

日本人の食に対する執念はすざまじく、現地のミシュラン三ツ星クラスの店に行けばわかりますが、ほぼ間違いなく日本人シェフが一人はいます。そういう本場最高峰のレストランの調理内容ですら、そこから技術を盗んで日本で開業するルートが継続的に開かれているのです。こんな国は他にはありません。

下手すると本場より美味しい日本のフレンチやイタリアンのハイレベルさに圧倒された僕は、本場での修行を行う必要すらないんじゃないかと思い、大好きなフレンチの料理長に「本場へ行く意味はもうないのではないか?」と聞いた所、彼はこう返しました。

「日本で技術的に学べないものはほぼないと思います。でも仮に外国で美味しい和食を食べて、もしその板前さんが外人で一度も日本で学んだことがないと聞いたらどう思いますか?留学は技術的な面だけではなく、文化を学ぶために必要だと思います」もう日本のフレンチはその段階まで来ていしまっているのです。

今後日本にて全世界の最高峰の食事を網羅し、かつ独自の路線を歩んでいく可能性はかなり大きいと僕は期待しています。京都等の観光資源という点でも日本は素晴らしいですが今後、真に環境客を呼び寄せられるのは美食でしょう。ほんと間違いなく空前絶後、歴史上、今の日本の食文化はダントツです。本当に声を大きくしていいたいのですけど、日本を観光国にしたいのなら豊富な食文化をもっと政府は大々的に打ち出すべきです。これぞ真のクールジャパンでしょう。

一番じゃなきゃ駄目なんですか?という台詞が昔流行りました。出身高校のテストを考えてもらえばわかりますが、一番を取るのは本来どこでも凄く難しいのです。その取るのが無茶苦茶に難しいはずである一番を活用しないだなんて本当にもう、なんていう無駄なんでしょう。まあお陰様で僕が美味しいものを食べられるのですけどね。