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珈琲をゴクゴク呑むように

アツアツだよ(´・ω・`)

開かれた環境で診療を行っていない医者の実力は危ない~新臨床研修医制度危惧論にかえて~

日本の医療レベルは全体的には比較的マシなレベルではあるのだけど、これはあくまで全体の平均の話であって局所局所では結構ビックリするような医療が行われていたりするのもまた事実である。

 

何の分野でも、スポーツの世界1位の人が凄いという事には誰も異論がないだろう。特に短距離走やサッカー、野球といったメジャーなスポーツのトップクラスの選手の実力は、恐ろしいものがある。彼らがなぜ優秀なのかというと、それは激しい競争の中に身を置いているからだ。

 

ウサイン・ボルトの優秀性は、彼を除く凡百のランナーとの比較により証明される。彼は、彼以外のランナーとの激しい競争の結果、超人的ともいえるスピードを得ることに成功した。これは競争の結果である。競争原理が全く働かない、どこぞの未開の地の短距離走者がボルトよりも早いだなんて事はまずない。競争は人をムチャクチャ優秀にするのである。

 

ここで頭のいい人ならば気がつくと思うのだけど、実は真の意味での優秀さというのは開かれた競争原理の働く場所でないと生まれない。閉鎖された場所でのNO.1は、しょせん井の中の蛙のようなもので大したレベルじゃないのが普通だ。

 

日本の医者のレベルが微妙な事が多いのは、実はこれと非常によく似た現象である。まず日本は母国語が英語でない。この時点で非常に多くの医者が、英語という広大な開かれた知の泉へのアクセスから遮断されている。インターネットがつながっているのだから、そこに最先端の知識は”ある”のだけど、その知識を最大限活用できている人は、驚くほど少ない。

 

さらに日本の医療レベルを微妙なレベルにさせている最大の悪習慣が医局制度だ。医局というナワバリにより就業環境を狭い地区に囲い込まれてしまった若い医者は、その医局のレベル以上の知識をみにつけることが非常に難しい。

 

本当なら英語圏で行われている世界最先端の競争の場に組み込まれ、その知見をフルに活用し、各々が実力を切磋琢磨するべきだと思うのだけど、そういう厳しい場所に自分の身をおいている人間は日本の医療現場では非常にレアケースだ。

 

昨今は、若い頃からアメリカの有名大学とかで学んだ知識を惜しげもなく提供する優秀でガッツのある医者の努力もあり、悪しき医局制度から生まれる劣悪な師弟関係制度も崩壊しつつある。が、未だにここから脱却できておらず江戸時代のような医療レベルで運営され続けている恐ろしい病院も結構ある(おお怖い)

 

開かれた環境で診療を行っていない医者の実力は本当に危ない。開かれた場所≒オリンピックだとすれば、開かれない場所≒未開の地のようなものである。開かれていない場所にも優秀な文化がある事もあるのは事実だけど、それを圧倒するぐらい酷い文化が根づいてしまっている事が多いのもまた事実である。

 

来年度より、新臨床研修医制度が発足する。医師の偏り解消を大義名分に施行されたこの制度だけど、蓋を開けてみるとただの医局制度の復活なんじゃないかという部分も多い。個人的にはせっかくよくなりつつある現在の日本の医療制度がまた悪くなりそうな方向に転がりそうで非常に危惧する部分が多く、ちょっと安心してみていられない。

 

日本の医療レベルを引き上げたいのなら、このような区画された閉鎖空間を作り出す事は辞めてもっと競争原理が働くようにするべきだ。競争は多くの人間を疲弊させるのは事実だけど、全体のレベルがむちゃくちゃに向上するというのもまた事実である。

 

この現実から目を背けず、利権関係なしに日本の医療レベルが向上することを心より祈る。