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珈琲をゴクゴク呑むように

アツアツだよ(´・ω・`)

ティム・クックを1人生み出すために数万人のエリートを殺す社会

日々徒然

若い電通の社員が過労によりこの世を去った。実に痛ましい事件である。

 

グローバルエリートの超・長時間労働問題は正直なところ難しい。たとえばハーバードビジネススクール 不幸な人間の製造工場ではハーバード・ビジネス・スクール卒という世界でも最高峰のウルトラハイスペック達が、高収入を得るために卒後、コンサルや投資系銀行に進み、辛い現実に直面しているという事が指摘されている。

 

ハーバードビジネススクール 不幸な人間の製造工場

ハーバードビジネススクール 不幸な人間の製造工場

 

 

今回の事件は東大卒の電通というこれまたウルトラエリート街道を突っ走っていった人間の死という問題により注目をあびるようになった。

 

だけどぶっちゃけ、この手の話題は上にも書かれたように海外では既にある程度仕方がないものとして受け入れられつつあるのが現状である。エリートの過労問題は、必要悪のうちの1つなのだ。今日はそのことを書こうと思う。

 

ハイパーエリートの行き着く先

ある程度ネット歴の長い人ならティム・クック(アップルCEO)やマリッサ・メイヤー(ヤフーCEO)の一日みたいのを見たことがあるはずだ。大体内容は共通していて、以下のような形態を示している。

 

5:00 起床。

5:15 社員にメールを送信

5:30~6:30 ジムで運動。その後朝食。

7:00~22:00  仕事

22:30  就寝

 

これを360日ぐらい続ける(残りの5日は強制的に取らされる休暇)これがグローバル企業のトップに立つものの責務である。

 

はっきり言って、こんな生き方は鉄のような身体に加えて、鋼のような強靭な意思をもっていないとできない。そして普通の競争社会では、彼らのような人間は出て来る事はありえない(狩猟・農耕民族の中に、ティム・クックレベルで働く人間が果たしているだろうか?)

 

グローバルエリートの世界は蠱毒のような世界だ。1つの会社の中に、ハイスペを何百人も入れてメチャクチャに競争させて、最後に残った1人がティム・クックのような自然状態ではとても生まれないようなハイパーエリートとなって生き残る。

 

なんでこんな事がいつまでたっても終わらないのか?それはハイパーエリートが社会に必要とされているからである。彼らのような存在なしには、アップルやヤフーといった企業は統制され得ないのである。

 

エリートにより守られる社畜

グローバル企業で生き抜くのに必要な能力は、普通の人間のキャパシティを遥かに超えている。何千年前かにアフリカで生まれたホモ・サピエンスの始祖の遺伝子プログラムには、こんな過酷な競争社会は想定されてなかっただろう。

 

人の社会は競争社会である。弱肉強食の世界に生きる私たちは、強ければ生き、弱ければ死ぬ。

 

人類は群れをなす生き物である。TOPが優秀なら群れは素晴らしい動きを取り、TOPが無能なら群れは無残にも殺される。

 

経済という、これ以上ないほど結果が残酷に出される競争社会において、僕達に必要なのは優秀なTOPである。この優秀なTOPは、どんな超長時間労働でも耐え抜く強靭な肉体と、どんなパワハラモラハラが加えられようが心が動じない強靭な精神が必要とされる(そういう人がTOPでないと、他のグローバル企業に食い殺されてしまう)

 

冒頭で上げたハーバード・ビジネス・スクール 不幸な人間の製造工場にも沢山出てくるけども、エリートの超過労・超パワハラ社会で生き残れなかった人達は、TOPを生み出すために作られた蠱毒のような生存環境の犠牲者だ。

 

当然と言うか、この仕組みはおかしい。おかしいんだけど、誰もそれを解体できないのは、このTOPに集団全員が命を守られているからに他ならない。

 

今回の電通事件も、被害者が出たのは悲しい事だけど、だからといって電通のTOPをphaさんに変えて”ゆるく生きよう”みたいな風に社訓を改革しても、誰も幸せにはならないだろう。多分だけど、電通が勤務体制を変えてもホワイト企業は生まれず、後に残るのは博報堂に負けてボロボロに打ち捨てられた資本主義の敗者だけだ。

 

結局、エリートに依存しないと生きていけない私達にも問題はあるのである。だからこそ、この問題は難しい。やれやれ、本当にどうすればいいんだろうね。