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珈琲をゴクゴク呑むように

アツアツだよ(´・ω・`)

下層にいた人ほど身分には敏感になり、そして自分の子供が付き合う人間に真剣になる

前回に続き、差別と身分制度の話である。今度は子供という観点から読み解いていこうと思う。

 

ameblo.jp

 

かつての日本や欧米のように、生まれながらにして社会的階層がほぼ強固に固定されてはいない現在では、努力し望みさえすれば自分の社会的階層を上げることは可能だ。ただし、それができるのは現在の日本ではほとんど大学入学前段階までになる。

 

一度大人になってしまったら、よっぽどの事がない限り階層を変えることはできない。性格的にも能力的にも、人が変れるのは大学入学前だっていうのは、だいたいの人も認識しているだろう(それ以降の年齢から一念発起して変わる人もいるっちゃいるが、ごく限られた例外でしか無い)

 

じゃあ逆にいえば、それ以前の成人前段階においては、社会的階層は非常に緩やかなものとなっている。つまり、子供の社会的階層は非常にグラデーションがあり、どの階層に落ち着いても不思議ではない。

 

かのブログ主が「馬鹿とは付き合うな」と伝えたかったのは、自分の子供に対してなのかもしれない

「社会的階層に位置する馬鹿とは付き合ってはいけない。だってあいつら、中目黒すら漢字でかけないんだから」

 

該当記事ではこの言い回しがなかなか刺激的だ。この言葉が我々大人に向けられているのなら、これはちょっとさすがに無いなあという発言だが、これを小学校高学年ぐらいの人にむけて書かれたと考えるとほんの少しは理解できるものがある。

 

さっきもいったけど、日本では子供の階層には流動性がある。上層に生まれた子供も下層にいく可能性があるし、下層の子供も上層にいける可能性がある。

 

じゃあどうやって階層が決まるのだろうか?実は子供の階層決定に大きく影響するのは、付き合ってる子どもたちのグループがどの階層に位置するかである(興味ある人はハリスの子育ての大誤解を読むといい。まあ結論を簡単にいえば、朱に交われば赤くなるって事だ)

 

頭がよい社会的階層の高いグループと親和性がある子供は、基本的にはそのまま上の階層にいく事が多く、不真面目で勉強を嫌うイジメやチカラで上下関係を決めたがるような階層の人は、社会的下層に行くことが多い(もちろん例外もある)

 

かつて社会的下層に位置していたこのブログの執筆主は、誰よりもそのことについて敏感だ。基本的には身分制度に敏感になるのは下層の人達だ。そして下層から上層に這い上がる事が極めて困難なのに対して、上層から下層に落ちる事は極めて容易だという事もよくわかっている(このブログ主でいえば、今現在の配偶者に切り捨てられた時点で下層に真っ逆さまだろう)

 

このブログ主は、1つには自分が下層にいたことによる苦労を思い、子供に「馬鹿とは関わるな」という過激な発言をしているのかもしれない。その発言自体は褒められたものではないが、子を思う親としてそういう発想に至る気持ちはわからないでもない。

 

階層を移る方法は、自分で努力して這い上がるだけではない。 

あの発言が出てきた理由はもう一つ考えられる。それはこのブログ主自体がキチンとした保障がついた形で、下層からの脱却を確定したいという気持ちだ。

 

上のブログでかなり面白いのが、第一階層に配偶者という区分がある部分だ。日本社会の階層を考えるに当たって、これは非常に示唆的でもある。

 

実は階層を移る方法は、自分で這い上がるだけではない。ブログ主のように上層の配偶者を娶う方法に加えて、子供に上層に入り込んでもらう方法もある(この手の階層というものは、自分の心の中にある檻である事も多く、そういった時に自分と親しい誰かが別の階層にいるという事実は非常に心強いものとなる)

 

実はこのブログ主が上層にいると認識できる理由はたったひとつしか無い。そう、上層に位置する配偶者の存在だ。つまりそれがなくなったら、即またこのブログ主は下層の民に真っ逆さまとなる。

 

この上層と下層の極めて危うい領域にいるブログ主が「自分は上層にいる人間だ」という認識を強固にする為の方法は自分が上層に這い上がる以外には子供を使うしかない。自分で階層を行き来できないのならば、自分と繋がりのある自分の子供を使って上層に入り込むしかないのだ。

 

と、なると子供に「付き合う友達を選べ」とキツく念を押すのは当然の帰結となる。自分の子供が付き合う友達が、そのまま自分が所属する社会的階層にほぼ一致してくからだ。このブログ主は下層の子供の友達の親をみていると、かつての惨めな自分を思い出して胃がキリキリするんじゃないだろうか。

 

医学部にも親のコンプレックス克服の為に使われた子供がたくさんいる

子供を自分の階層移動の道具に使う人は結構多い。医学部にも注意深く観察していくと、そういう子供が結構いる事に気がつく。

 

父親がかつて医学部に入れず、その無念をはらすために子供の頃から英才教育をほどこされた子息。

 

母親が医者と結婚したかったもののできず、その無念をはらすために母親の代わりに医者と結婚させられた人の元に生まれた子女。

 

医学部にはこうした子供の末裔が結構いる(ちなみに著者もその子供の末裔である)

 

こういう風に親のために利用された子供が幸福になるか不幸になるかは正直難しい問題だ(僕は割と幸せだけど、これは結果的にうまくいったからに他ならない。失敗してたら随分と心を病んでいただろう)

 

このブログ主の思いもわからないでもないが、僕はこの人の子供のその後が結構心配だ。人生、うまくいくといいんだけど。