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珈琲をゴクゴク呑むように

アツアツだよ(´・ω・`)

高級飲食店の99%は、あと十数年で根絶する。

プロジェクト美食本 日々徒然

自分が東京のグルメを堪能するときに指標とした人がいる。彼の名は友里征耶。匿名のグルメライターであり、知る人ぞ知る超辛口グルメライターである。

 

 

 

 

エセグルメライターの負の側面(殆どのグルメライターはただメシ喰らいで、キチンと店を評価していない)や料理人の経歴や調理技術、食材の原価や飲食業界の儲けの出し方といった、商売の仕組みまで踏まえた彼の批評は多くのグルメライターや料理人を震え上がらせた。アンチですら彼を評してこう言う

 

「友里さんの言ってる事の9割は本当。だけど彼の言う事に真っ当に対処していたら、儲けなんて出ない」

 

自分も飲食業界の厳しさは人一倍知っているつもりだ。古来よりあの業界は労働環境は劣悪で、独立出来たとしても3年で7割が廃業。10年で9割が淘汰される厳しい世界である。

 

しかし恐らくだけど、今後飲食業界を取り巻く環境はもっと悲惨になる。その頃を振り返れば友里氏の指摘なんてかわいいものだったし、むしろためになる忠告だったと振り返る料理人が多数いると思われる。今日はそれについて記述する。

 

人情よりも便利さと価格の方が圧倒的に強い。

友里氏は匿名のグルメライターであるが、本職は電気関係の中小企業役員であるらしい。恐らくだけど、彼が飲食業界に異様に厳しいのは彼の専門性にも関係がある。

 

20年前は、東京の町にもまだ商店街があった。そこには八百屋、肉屋、電気屋などといった店があった。そこでは人情味が溢れる人と人のふれあいがまだ色濃く残っていた。

 

しかし今現在、東京の町には商店街なんてほぼ皆無だ。飲食関係は殆どがスーパーに根絶させられ、電気屋はヨドバシ・ビッグ・ヤマダといった巨大企業に根絶された。

 

初めは人情などを盾に頑張った商店街も結局安さと便利さには勝てなかった。そしてこれらに買ったスーパーや大型電気店も、現在ではアマゾンや価格コムといったwebサービスに利益を大幅に奪われている。

 

人情は価格と便利さの前には無力なのである。売る商品が同一ならば、顧客は人情よりも安さと便利さを選択する。これは純然たる事実なのである。

 

友里氏が何故あそこまで飲食業界のコスパに厳しいかというと、彼の専門分野である電機業界が、人情では歯止めがきかずに安さと便利さに旧市場が崩壊したという現実をみたということも大きいのではないかと思われる。

 

飲食業界の調理ノウハウは実は大体がマニュアルで置換可能である。

生鮮食品や電化製品は販売する商品が同じであるが故に、割高な個人店よりもスーパーや大型電気店、ネット通販といった業者が早々に勝ち抜ける展開になった。

 

飲食店はそれに比べるとまだその波に荒らされる前の段階だ。仮に食材が同一だとしても、調理という過程が入る事でシェフの作る料理は他にないオリジナルなものになる。

 

ゆえに最終的なプロダクトの質はクリエイターである料理人に委ねられている。同一の商品を売る生鮮食品・家電購入店と比べると、アウトプットにまだまだ差がある為、この業界はまだまだ画一化されていない。

 

だが今後、食材の目利きの技術や調理技術が高度に解析されていくと状況はそう容易ではなくなる。

 

情報がフラットにいきわたった現代では、高級料理店で使用されている最高品質の食材はほぼ同一ルートのものになりつつあるし(大間のマグロ、丹波の松茸など)、調理技術も上層ではほぼ同一のものへと収束していく(修行元が似たような場所になるので構造上仕方がない。ミシュランの三ツ星は世界でも指で折れる数しかないのだ)

 

食材と調理技術がほぼ同一のものになったら、最終的には価格差で勝負するしかなくなる。この段階になったら、経営者がとり得る手法はたったの2つだけだ。

 

一つは客の回転数を上げてコストに対する売りあげを上げる方法(俺のイタリアン・フレンチ系の経営手法。ただ従業員は朝から晩まで休みなしに働かなくてはいけない)


もう一つは料理人自体の給与をトコトン下げる事だ(修行と称してタダ同然で若者を働かせる)

 

いうまでもなく、どちらも極めて劣悪な労働環境だ。そして冒頭のセリフに戻る事になる。

 

「友里さんの言ってる事の9割は本当。だけど彼の言う事に真っ当に対処していたら、儲けなんて出ない」

 

しかしこのセリフが言えるうちはまだ幸せなのである。現代では超長時間労働もいとわず、超低賃金にも文句を言わない恐ろしい存在がいる。そう、ロボットである。

 

寿司では既に修行歴が否定されている。

かなり前から寿司業界では修行歴よりもネタ質が味を決める要因ではないかと言われてきた。

 

例えば現在は銀座に店を構えているなか田。店主の経歴からしてかなりユニークである。


彼のエピソードはこうだ。まず佐川急便で働き経営資金を稼ぐ。続いて銀座の某有名店でほんの少しだけ修行する。


そして基本のキを学んだ後は、中野坂上という家賃が低い場所で、最上級のネタを銀座という高級寿司が乱立する地と比較して、圧倒的廉価で出し続ける。

 

このスタイルが当時影響力が大変強かった山本益博氏や早川光氏の目に止まり、結果超予約困難店へと駆け上がることとなった。

 

そしてこの経営スタイルが寿司業界に知れ渡った事により、その後の寿司業界では修行は必要最低限。ネタ質重視へと移り変わる事となった。

 

このスタイルを踏襲した店全てが成功したわけではないけど、少なくとも下のネタを用いて、有名店での修行歴という根性だけで勝負した寿司職人の多くはネタ重視の修行歴が少ない若手に返り討ちにあい、討ち死にする事となった。

 

かくして以前までは通用していた修行歴というカンバンの価値がだだ下がりし、ネタ重視の若手に勝機が回ることとなった。そしてこれにより、有名店での修行歴という既得権からの甘い汁を吸っていた料理人は窮地に追い込まれた。

 

多分ネタ重視のスタイルが流行しかけていた時、多くの老舗料理人はこう言ったに違いない。「あんな事をしていたら儲けがなくなる」と。しかし客は正直だ。同じクオリティなら、人情よりも安さを選ぶ。そして甘い汁は干からびたのである。そしてこのスタイルは寿司業界において、スタンダートになった。


最近になって修行歴が少ない若手により経営されている寿司アカデミー出資の寿司屋がミシュランで星をとったが、これも結局寿司屋における修行歴の価値がデフレしまくっている事を象徴している。


まあ何はともあれ修行歴というカンバンの権威は地に落ちた。じゃあ次なる残る甘い汁はどこにあるだろうか?言うまでもなく、この後にとり得る差別化戦略はただ一つだ。そう。職人の給与をトコトンまで削る事だ。

 

かくして料理人の給与を極限まで下げるか、料理人自体を否定してロボットへと置換するかのどちらかの戦略が生まれる。そしてこの時になって、初めて料理人は甘い汁が残っていた頃を懐かしく思うのである。

 

今後の世界線

今現在では、まだ料理人の方がロボットより調理技術が上である。故にロボットがシェフである高級料理店は出現していない。

 

だけど今後もこの世界が果たして持続するだろうか。僕はこの可能性は極めて低いと思っている。

 

冒頭でも書いたけど、人は非常に情に薄い。人情という暖かさは便利さと安さの前にはあまりにも脆い。恐らくここ十数年の間に、多くの現在のスタイルを踏襲する高級飲食店は根絶させられるだろう。これは歴史からみてもあがらいようのない事実である。

 

じゃあ美食業界の未来は暗いのか。まあ今のまま変わろうとしないなら、そうであるとしか言いようがない。

 

しかし人が不完全であるが故に、実はこの構図の実現はまだまだ防げると僕は思っている。次回はその解決策について記述しよう。