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珈琲をゴクゴク呑むように

アツアツだよ(´・ω・`)

知能が高い人が最適な選択肢を選びとれるわけではないという事~川島なお美・カーテンコール書評~

日々徒然

川島なお美さんの闘病記を読んだ。医療従業者としても1人の人としても、いろいろ考えさせられる事の多い本だった。

 

カーテンコール

カーテンコール

 

 

川島なお美さんは英語・フランス語に堪能でワインにも詳しい極めて文化的素養の高い方だ。芸能活動を長らく続けながらこれらを同時に習得する事なんて凡人には不可能だと言ってもいいだろう。恐らくだが、知性は普通の人と比べて非常に高かった事が予測される。

 

そんな彼女はある時人間ドックを受けて、肝門部胆管癌の可能性を指摘される。このがんはがんの中でも極めてタチの悪いものの一つで、ほんの少しでも進行すると治療が極めて困難になる。

 

通常発見時には既にかなり進行している事が多いのだが、川島なお美さんは比較的早期に発見することができた。がんになってしまったという点では川島なお美さんは不幸だったが、早期に発見できた事は極めてラッキーだとしかいいようがなくもあった。

 

仮にだけど、もしこの時点であまり悩むこと無くサッと手術を受けていれば今現在でも彼女は存命だったかもしれない。しかし彼女は最善の医療を、彼女の望む形で受けるという事を希望したために、治療がおくれ結果的にはがんの進行を許してしまった。

 

頭がいいから常にいい選択肢を選べるわけではない

もし仮にだけど、川島なお美さんと全く同じ状況下で、あまり難しいことを考えずに医者に全ての信頼をおいて早々に治療をうけた人がいたとしよう。その人は川島なお美さんと比較してより多くの知能を使ったとはとてもいえないけど、結果をみればよりよい治療をうける事ができたといえるだろう。

 

カーテンコールには川島なお美さんの数々の現代医療についての不信感が記載されている。大学病院の抗癌剤病棟をみて、彼女はこれはまるで同時並列のモルモットの実験をしているような光景だという印象を受けたというような記述がある。

 

これはある意味では非常に正しい直感だと思う。彼女のような知性の高い方が、抗癌剤を同時並列で投与されている場面をみたときに、このような印象をもつ事はすごくよくわかる。

 

医療従業者の観点からみれば、ああいう抗癌剤病棟というのは管理の面からすれば、業務内容が比較的似通ったものが多いので仕事を一点集中しやすく、極めて効率よく業務を行うことができ、また作業が煩雑化しないためにミスがおきにくいというメリットがあるゆえにああいう形態をとっているのだけど、たぶん知識がない人にはとてもそうはみえないだろう。

 

医療という専門知識は一般人には非常に理解しづらい世界であり、時として医療従業者は一般人としての感覚を忘れてしまう。それは時として、認知のゆがみをうんでしまうのだなという事がこの本を読むととてもよくわかる。この本が生まれた背景はとても不幸であったと思うけど、結果として川島なお美さんは素晴らしい本を僕達に残してくれたと思う。

 

知能レベルが高い人の盲点はどこにあるのか

多くの場合において、知能レベルが高い人の方が社会でよい選択肢を選びとる事が多いとは思う。宝くじやギャンブル、世の中には弱者から金を搾り取る多くの蟻地獄が存在している。

 

だけどある場面においては、知能レベルが高い人であるがゆえに難しいことを考えすぎて失敗してしまったり、選ばれし特別の自分のもとにうまい話が転がってきたというような錯覚をしてしまう人がいる。この認知バイアスがどういう機序からおきるのかについて、前からすごく疑問に思っていた。

 

証券会社では有名な話だけど、僕ら医者は常に彼らのよいカモであるらしい。先生、先生ととりあえず連呼しておいて、さすが先生は頭がよいですね、と褒めちぎっておいた後に、実は先生だけに特別な話があるのですよ、と提案すると、いい気持ちになった医者は馬鹿馬鹿しい金融商品を買ってしまうのだそうだ。

 

知能が高い人はリテラシーが普通の人と比べて高いのかもしれないけども、彼らは社会的に特別なポジションにいることが多く、故に自分は凡人と比較して特別なのだから、よい話がくるのだと思いがちな側面がある。

 

川島なお美さんがそうであったかどうかは定かではない。だけどやっぱりというか、根本にある問題は、自分が特別だという思いにあるような気はなんとなくしてしまう。

 

世の中、いい話も特別な話もどこにもない。納得できない事を無理に承諾する必要はもちろんないし、やはりサービス提供者としての僕ら医療従業者が怠っていた部分もあるとは思う。

 

ただお金持ちであったり社会的地位があったり頭がよいといった、社会的にポジティブな要素を有する事が、全てにおいてよい選択が選べるという事に直結しないのだな、という事は実によくわかった。

 

よい選択を、素早く決断するという事は実に難しい。