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珈琲をゴクゴク呑むように

アツアツだよ(´・ω・`)

ある男の物語~takasukaの人生回想録②~

自伝

自分の人生を物語に落としこむ作業は結構不思議だ。文字という形にすることで曖昧だったものが形を持つ(前回まで→ある男の物語~takasukaの人生回想録①~ - 珈琲をゴクゴク呑むように

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僕がパソコンを触ったのは高校1年生だったかと思う。ちょうどADSLが出るか出ないかぐらいの時期で、ダイヤルアップ接続からの飛躍はすさまじかった。初めの頃はラブひなのエロSSとか読みふけっていた気がするのだけど、それに飽きたらテキストサイトフリーゲームめぐりを主にしていた気がする。

当時はテキストサイト全盛期だった。侍魂はもちろんのこと、他にもバーチャルネットアイドルちゆ12歳とか、みかんねこさんの日記とか、なんでこんなに面白いものがあるんだ?とぶったまげる位の才能がそこらに溢れていた。僕もそれらの人を真似てブログを書いていたけど、とてもとてもかなわないと感じていたものだった。こんなにおもしろい人が既にいるのだから、今後ネットではとても成り上がれないと思っていたけど、今に至るまで現役で活躍している人は殆どいない。諸行無常である。あの人達は今頃何をやっているのだろうか。ちなみに何故か2chにはいかなかった(書き込みも片手で数えるぐらいしかしていない)

あとはパソコン導入により得られた素晴らしいサブカルとしてはフリーゲームを外せない。その当時、ちょうどPS2が出始める頃だったかと思うのだけど、機体自体が高過ぎる事と、そもそもゲームにそこまでの高性能を追い求めていなかった僕はどうもPS2を買う気が起きなかった(ロックマンXとかが好きだったんだよね。)

そんななか、たまたま見つけたVectorにてタダでゲームが落とせるという事は衝撃以外の何物でもなかった。その時の僕はというと、ゲームは買うものだと思っていたからタダでやれるという事にまず驚いた(これはその後、Win MXやYou tubeといった形態に以降するFree化への大いなる流れだったのかもしれない)玉石混交の中にキラリと輝く名作を見つけた時の感動といったら!そしてそれらがどれも僕が求めていたレトロな2Dで表現される、大好きなSFCやPSの作品の香りがするという事が何よりも嬉しかった。アンディーメンテステッパーズ・ストップ、イストワール、魔王物語物語、ゆうとっぷ、セカンドアノフェレス、クター。他にも沢山遊んだな。本当に面白かった。

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このように高校生になってから浪人を卒業するまで、今考えると終始一貫して自分の事ばかり考えていた。医学部を目指していた理由も、親に言われたからというのもあったけど偏差値の魔物を今打ち倒さないと一生コンプレックスとしてつきまとうだろうなという事がわかっていたという事も大きかった(医学部を卒業しても医者にならない選択肢も選べるという事は知っていたということも大きい。結局医者になったけど)

大学に入ってまず驚いたのが、周りの皆があまりにも楽に、そして楽しそうに生きているという事だった。そもそも受験で全くといっていいほど苦労していなさそうだった。これは本当に衝撃的で、僕なんて血反吐を吐くような勉強を365日×4年ぐらいしてやっとこさ今の地位を得たというのに、まわりのみんなと言ったら半年程度の受験勉強で合格しているというのだ。おまけにこいつら、本当に頭がいいのだ。僕の100分の1の勉強時間で僕よりも遥かによい点数を獲得するその姿に、すっかり僕はこの世で一番頭が悪いんじゃないかと苦悩することになった。偏差値至上主義の自分にとって、同じ偏差値の大学で頭の出来がここまで違うという事はすざまじいカルチャーショックだった。今思えば地頭のよさなんて当然千人十色なのだが。

しかもそんなに頭がいいくせに、こいつらといったら話が全然面白く無いのだ。僕の大好きなフリゲ、テキストサイト、エロゲ、漫画などについて知ってる人は殆どいなかったし(まあ今でもそんな奴みたことないけど)まあそれはいいとして、なんでこいつら頭はいいのに会話がこんなに子供なんだ?洋服とか男女交際とか、そんなことよりマルクス経済学とか9・11について何故話を膨らませないのかと非常に不思議だった記憶がある。勿論今思うと僕は自意識過剰すぎて色々と拗らせていただけであり、彼彼女の方が世間というものを知っていたのだろう。若いうちに遊ばない奴の方が当然のことながら馬鹿なのだ。これから死ぬほど働くのだから。とまあそんな人間が大学入学後どうなるかなんて一つしか無い。それはもう、当然の事ながら孤立するのだ(笑)

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話があわないのはしょうがないとして、折角大学に入ったのに孤立するという事はもの凄い辛かった。とりどめもなく寂しいのだ。そんな事もあり暇だったのも大きいのだが、多分自分は軟弱なんじゃないかという漠然とした思いがあり自分を鍛え直すいい機会だろうと思い上下関係が厳しい系の部活に入ることにした。しかしこれまた酷い失敗だった。今考えると僕の性格も酷かったから酷い性格の人間が集まる部活を選んだのかもしれないけど、とにかく人を人と思えないような(人のことはいえない)人格破綻者がいる部活だった。おい誰だよ。武道をやると礼儀正しく人間になるって言った奴。

とにかく酷い扱いを受けた。部活を続けられたのは僕に何故か武道の素質があり好きになれたという一点と、ここで辞めたらこの性格破綻者に屈服した事になるという事を認めたくなかったという思いだけだった(今思うとそんなところサッサと飛び出してマックでアルバイトでもして女子高生とニャンニャンしていればよかったのだけど)

とにかく1年耐えて、後輩を沢山いれて楽をしようと思った。自分は絶対に後輩をいじめないぞ!自己啓発本で得たマネジメント(笑)能力を使って、理想の組織を作るんだという思いだけで1年を走りきったのだ。もちろん性格破綻者は部活にいるのだけど、少くとも後輩という仲間ができればちょっとは生きるのが楽になるかもしれないという思いで必死に耐えていた。そのかいあって、後輩は結構入ってきてくれた。凄く嬉しかった。下克上されるまでは。

自分はとにかくはじめから彼らを優しくしたのだけど、今思うとそれが本当に良くなかった。あの人格破綻者も孫を可愛がるかのごとく、彼らをやさしく扱っていた(なんで俺に対する扱いと違うんだ・・・まあ可愛げなかったのだろうけど)結局彼らをしかれる人間は誰もいなくなった。僕を除いては。

その後はまあ酷いもんだった。あの人格破綻者のやったことの1000倍はマイルドな指導を行ったつもりだったけど、それが愛される事を当然と思う彼らには信じられないぐらいのしっぺ返しだったのだろう。彼らは人格破綻者に要約するとこういう事をチクった「最近、高須賀が生意気だと」その後、僕は凄いひどい目にあった。思い出したくもない。上にも下にも味方がいないという事がこんなにも辛いものだとは思わなかった。でもよくわからないけど部活はやめなかった。何であんなに頑張れたのか。まあ多分、やっぱりそれでも一人は寂しかったのだろう。

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当時はミクシー全盛期だった。会員制SNSとかいうものが現れた最初期だったかと思う。僕も当然ながらミクシーに招待してもらい、始めたのだけどマイミクが12人とかいう酷い有様だった。おまけに中二病をこじらせたような日記を書いたりしていたから、コメントなんて当然0だ。おいおい、何で「今から30分以内にコメントくれなかった人とはマイミクやめます」みたいな女に「○○ちゃん大丈夫~?」とかいうコメントをするくせに俺の素晴らしき文学作品(笑)にはコメントがつかないんだ!当然の事ながらすぐにミクシーはやめた。というかSNS全般に敵意を抱いた。もう一生やるもんかと。それは大学5年生の時にTwitterを始めるまで続いた。

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自己啓発本の限界を知ったのもこの頃だった。浪人の時に得た「他人を自由に操る方法」とか「好きな人を自分に振り向かせる方法」などをようやく使用する機会がやってきたというのに、いざやってみるとみんな全然本に書いてある事と違う反応をするのだ。これには本当に驚いた。ええっ、俺の学んできたことは一体何だったんだ・・・これには本当にまいった。俺の時間を返してくれなんてもんじゃない。まあ騙された自分がいちばん悪いのだが。そもそも他人をどうこうしようという考え自体が傲慢であり、その態度が自分の価値を毀損しているという事に当時は全く気がつけなかったのだ。いやはや、お馬鹿ですね。

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医学部は総じて言えばポテンシャルのない僕のような人間にはとにかく大変だった(というか暗記が苦手な人間には地獄なのだ)週三の部活と平行して膨大な知識を詰め込み教育されるという事は僕のような凡人には実に大変な事だった(周りのみんなはラクラク突破していたけど)カリキュラムもけっこう緻密で、普通に週五で朝から晩まで授業が詰められていた。なんか思い描いていた大学生活と違って、高校生活がそのまま延長しているという事は素直に驚きだった。先に大学に入った友達の話と全然違うじゃん!なんだここ。まあ医学の勉強自体はそれなりに面白くはあったけど。ただ高校の生物の延長みたいなもので、内容を理解すること自体は脳味噌を全然使わない作業の連続だった。暗記の量は膨大だったが。

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いま思うと、僕は人と調和するという日本人に大切な空気を読むという能力を全く磨いていなかったのだ。わからないことは調べて自分で解決する。これの連続だった。まわりの皆がやってるからやる、という良くも悪くも付和雷同的行為を全くやっていなかった。ただまあこんなキチガイにも友達はできるもんで、数は少なかったけどちょっとは気があう人はできたといえばできていたのだけど。今でも彼彼女らには感謝している。疲れたから続きはまた今度。

続き→ある男の物語~takasukaの人生回想録③~ - 珈琲をゴクゴク呑むように