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珈琲をゴクゴク呑むように

アツアツだよ(´・ω・`)

人生の途中下車のタイミングについて

日々徒然

僕は昔、物凄く予備校講師になりたかった。大学受験では偏差値32からのスタートだったので、どうやったら勉強ができない人ができるようになるかが手に取るようにわかったし人にものを教えるのも得意だった。予備校講師は天職じゃないかと思ったものだ。それを尊敬する予備校の先生に相談した所、彼はこう言った「アルバイトでもいいからどこかの予備校で講師をやってみてごらん。まだ人生を決めるには早過ぎる」

小学生の時に「将来の夢はなんですか?」と聞かれた事は誰だってあるだろう。男の子は警察官、消防士、サッカー選手、総理大臣、医者あたりをあげ、女の子はお花屋さん、ケーキ屋さん、看護師さん、保育園の先生、アイドルあたりをあげていた人が多かったような気がする。

ここに出てくる職業は、ようは小学生当時のその子が見えていた世間の縮図だ。おなじ質問を高校生や大学生に問えば同じ回答をする人は殆どおらず、さらにバリエーションが増えていく。それはその人の世間が拡張した事の証明である。世界は広い。まだ見ぬものがたくさんある。

僕はあるときから人生を電車、それも山手線のようなものとして捉えるようになった。ガタンゴトン、ガタンゴトンと揺られて駅が進むにつれ、窓の外には全く異なる景色が広がる。原宿や渋谷といった雑踏とした風景をみて圧倒されたり、恵比寿や品川といったハイソな風景が距離が進むにつれて広がっていったりもする。

一周する前に新宿駅の景気をみて「僕の生きる場所はここだ」と外へ飛び降りてしまった人はその後、東京駅の景色を後に知り「あの時降りなければよかった・・・」と後悔する事になるかもしれない。逆もまた然り、だ。

僕達の人生は選択肢が雄大にあり、そして常に「あなたは何者ですか?」と問われ続けるアイデンティティのない人にはとてもストレスフルな世の中だ。世間を知らぬ若者の中には「なりたい自分」を自分の中にある狭い世間の中から選んでしまう事がある。それはとてもとても残念な事で、もう少し世間というものの仕組みを知っていれば、そんな選択肢はとても選ばなかっただろう道を選んでしまう事もあるかもしれない

あるいは、いつまでたっても山手線から降りられないというタイプの人もいる。何が自分がやりたいのかわからないまま何もできない人。何年も何年も大学受験や司法試験にて浪人を繰り返す人。何歳になっても女遊び、男漁りをやめずにいる人。理想の相手を追い求めて釣り合いもしないパートナーを求め婚活を続ける人々。勿論なんからの不幸でそうならざるをえなかった人達もいるでしょうけど。

人生という電車には降りなくてはいけない時、降りてはいけない時がある。あなたの途中下車のタイミングはよかったでしょうか?僕は時々自分が上手く電車から降りられているのかを考える。答えなんてないけれど。

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