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珈琲をゴクゴク呑むように

アツアツだよ(´・ω・`)

コンピューターに取って変わられる可能性と自分が治している実感がないから内科医を選ばなかった僕の話

医学ネタ 日々徒然

コンピューターは偉大だ。ムーアの法則がどんどん加速していき、いまやラップトップ一つあればそのへんの大学生だって起業できる環境にすらある。こんな事は昔だったら考えられなかった。

ラッダット運動を持ち出すまでもなく、人類はよりよい未来を得るために単純作業をどんどんと人から機械へと外注していった。蒸気機関車は馬より早く正確に人やものを送り届けられる。その結果、以前馬を用いて運送業をしていた人は仕事を失い不幸になったが、皆彼に同情こそすれ蒸気機関車をぶち壊そうとはしない。だって蒸気機関車の方が僕らを幸せにしてくれるから。

さて僕が研修医の時の話をしよう。ある日、救急車で運ばれてきたフラフラの人を診察し、肺炎だと検討をつけるに至った。さてこの人を治そう。何を使えばいいのか。僕はUp to dateという米国のデータベースを肺炎の項目で検索し「そこに書いてある通り」の治療を行った。

ここまでの流れで僕がやったことはと言うと、モノとコメディカルをどう用いるかという指示出しのみだけだ。僕はX線を出して患者さんの胸を透視できるわけでもないし、体から抗生剤を生成して患者さんに投与できるわけでもない。まあ強いて言えば病歴から病気を推定したり、身体診察をして病気を絞り込んだり、喀痰を採取して中にいる菌体を推定したり、血管内に点滴のラインを挿入するのは個人的な技量の範疇かもしれない(でもこういう技術は現在のコメディカルの収入をみればわかるけど、どんどん廉価になりさがっていく)

僕が内科的な仕事をしていて物凄く不安になったのは、自分が提示された情報の中から成すべき物事の方向を定め、そして指示を出すだけの存在に成り下がっている事だ。この中のいくつがコンピューターにより代替可能だろうか。僕はあと十年で内科の仕事は全てコンピューターで代替可能な気がしてならない。だってUp to dadeに何をすればいいか全て書いてあるのだもの。

そんな恐ろしい自体が訪れた時に、人がなにをするかなんて簡単に想像できる。さすがにコンピューターをハンマーで殴り壊す人は出てこないと思うけど、どうせ文化を守るためやら人のヌクモリティみたいな既得権益を守りたいだけの本心をオブラートに包んで政治活動に専念するってだけだ。新しい技術は全ての未来の人類を幸福にするけども、少数の現在の人々を壊滅的に不幸にする。

2の十乗が幾つか知っているだろうか?答えは1024なんだけど、ムーアの法則の恐ろしさはここにあって、つまり毎年2倍づつコンピューターの性能が向上していくと、10年で初めの頃より1024倍もすごくなってしまうのだ。11年年目には2048倍。12年目は4096倍。15年目なんて一万倍を超えている。今より一万倍性能がよいコンピューターが何ができるかなんて全然想像もつかない。けど凄い事は間違いない。そして15年後なんてキャリア的にも最高に脂が乗った時期に仕事がある日突然なくなったらどうすればいいっていうんだろう。

将棋の電脳戦の例を用いるまでもなく、どんどんコンピューターは複雑な思考回路ができるようになっている。内科医と将棋棋士の思考回路は勿論全然別物だろう。でも名人に勝てるような将棋コンピューターがあるなら診察ができるコンピューターが出てきても全然おかしくない。

いつだって新しい事をはじめられる人には技術の進歩は女神の微笑みになりうる。でも僕のような大多数の人間は、日々コンピューターの技術が進歩するその足音が、いつか幸せな日常を破壊する死神の足音だって心の底で気がついている。だから僕は司令塔を演じている自分にある種の恍惚感を感じつつ、その道を消極的理由で退けた。僕の選んだ道が15年後にコンピューターに取って代わられない事を心の底から願いつつ。

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